蓮と文学 @
| わが国の文献にハスが最初に出てくるのは、『古事記』(712年)にある、雄略天皇記 (457〜479年)の赤猪子の段の歌が最初です。また、『万葉集』にはハスを詠んだ長歌一 首、短歌三首があります。 「御はかしを 剣の池の 蓮葉に 澑れる水の 行方無み わがする時に 逢ふべし と あひたる君を な寝そと 母聞せども わが心 清隅の池の 池の底 吾は忘 れず ただに逢ふまでに 」 (巻十三、三二八九) 「蓮葉は かくこそあるもの 意吉麻呂が 家なるものは 芋の葉にあらし」 (巻十 六、三八二六) 「勝間田の 池は我れ知る 蓮無し 然言ふ君が 髭無き如し」 (巻十六、三八三五) 「ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉に 澑れる水の玉に似たる見む」 (巻十六、三八 三七) 『古事記』、『日本書紀』、『万葉集』などに詠まれるハスは、いずれも花や露の美しさを 取りあげました。仏教伝来とともに、ハスは文学の中でも仏教的シンボルとなり、『梁塵秘 抄』、『古今集』、『枕草子』、『源氏物語』、『凌雲集』などにも取り入れられています。そして 奈良、平安王朝文学以後のハスを歌うものには、周茂叔が『愛蓮説』で、蓮は「花中の君 子」と賛美したような、明るくのびのびとした表現の歌は、なぜか日本では生まれてい ないように思います。 『古今集』 「はちす葉の 濁りにしまぬ 心もて 何かは露を 玉とあざむく」 (巻第三・一六五) 僧正遍昭 『枕草子』 「草は(中略)蓮葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮華経のたと ひにも、花は仏にたてまつり、実は数珠につらぬき、(中略)また、花なき頃、みどりなる 池の水に紅に咲きたるも、いとをかし」(六十六段) 『源氏物語』 若菜・下(紫上と源氏がハス露をとりあげて自分の思いを詠んでいる) 紫上が「消えとまるほどやは経べき たまさかに 蓮の露のかかるばかりを」と詠む と、源氏は「契りおかむ 此の世ならでも蓮葉に 玉ゐる露の心隔つな」と和している。 『徒然草』 「家にありたき木は」の中で、池には蓮をあげている。 (百三十九段) 『蕪村』 「蓮の香や 水をはなるる 茎二寸」 『一茶』 「雀らが 浴びなくしたり 蓮の水」 『愛蓮説』 周茂叔(1017〜1073年)は北宋の学者で、中国における花の文学史の決定 版として記した比較的短い名文をのこしている。茂叔は『愛蓮説』の中で、菊を隠逸の 花、牡丹を富貴の花といい、蓮は「花中の君子なり」といって称えている。 『水陸草木の花 愛す可き者甚だ蕃し 晋の陶淵明は独り菊を愛せり 李唐自り来 世人甚だ牡丹を愛す 予は独り蓮の淤泥より出づるも染まらず 清漣に濯はるるも妖 ならず 中通じ外直く 蔓せず枝せず 香遠くして益々清(あお)く 亭亭として浄く 植(た)ち 遠観す可くして 褻翫(せつがん)す可からざるを愛す 予謂らく「菊は花 の隠逸なる者なり 牡丹は花の富貴なる者なり 蓮は花の君子たる者なり」と 噫、 菊を之愛するは 陶の後聞く有る鮮し 蓮を之愛する 予に同じき者何人ぞ 牡丹 を之愛するは 宜なるかな衆きこと』 今日の中国では、ハスはおめでたい花として、便箋・筆墨印材の飾りや婚儀の用具の 絵となり、日本とは異なります。東南アジア、インドの各地では生活に根付いたハスがよ く見られます。 <出典>「蓮の研究」創価学園:野鳥・自然環境研究所報告より抜粋 |